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写真の歴史 まとめ (自分用)

最近、写真の歴史について勉強しています。

過去に、どういう写真家のどういった作品がその時代の流行を作っていったのか。

ある天才作家が時代を作るということもありますが、その時代時代の社会状況やテクノロジーも写真に大きな影響を与えています。

その流れを踏まえた上で、過去の写真、現在の写真を見ると、何も知らなかった時よりも理解度が違って、より興味深く見れるようになりました。

例えるなら、地図を手に入れたような感じです。

写真の歴史をざっくりとまとめると、こんな感じ。

1839年: ダゲール
1910年: ウジェーヌ・アジェ、アルフレッド・スティーグリッツ
1930年: アンリ・カルティエ=ブレッソン、ロバート・キャパ <カメラの小型化、印刷、戦争>
1950年: ロバート・フランク、ウィリアム・クライン <メディア、戦後 ヨーロッパ →アメリカ>
1970年: ウィリアム・エグルストン、スティーブン・ショア <カラーフィルム、テレビ>
1990年: ベッヒャー夫妻、シンディ・シャーマン
2010年: アンドレアス・グルスキー <デジタル>

写真黎明期(れいめいき)

1838年-1939年あたりにダゲールが写真を実用化してから、写真の歴史は始まります。

写真が生まれて間もない頃は、写真はアートとして認められていませんでした。

そのため、アートの代表として地位を確立している絵画を真似たり、近づこうとするようになります。

そのような流れは、ピクトリアリスムと呼ばれています。

アジェの時代

アジェは絵画の下絵や図書館に収蔵する記録写真としてパリの写真を撮ります。

資料となることを目的とした写真なので、芸術的な自分の表現は捨てて、客観的な写真となっています。

一方、アルフレッド・スティーグリッツは、妻ジョージア・オキーフのポートレートを撮る写真家であると共に、ギャラリーを運営するなど、写真がアートとして認められるための活動を行いました。

彼のギャラリーでは、写真だけでなく絵画も展示することで、写真と絵画の垣根を取り払い、写真をアートとしての地位までもっていくことに成功しました。

決定的瞬間

1930年代になると、ライカがカメラを小型化することに成功し、スナップ写真を撮ることができるようになります。

そして、「決定的瞬間」と呼ばれるジャンルが生まれます。

ロバート・キャパは、軍隊に従軍しながら取材をし、洗浄の写真を撮っていきます。

有名な「崩れ落ちる兵士」と呼ばれている写真がありますが、これは本人が写したものではないという説もあります。

ちなみに、ロバート・キャパという名前もペンネーム的なもので、本名ではありません。

アンリ・カルティエ=ブレッソンは、「決定的瞬間」という分野を作ると共に完成させてしまった天才です。

「決定的瞬間」を捉えながら、その画面構成や構図が完璧に作られていて、1枚写真としての完成形となりました。

完成されたということは、そのほうこうせいとしてはそれ以上先はなく、別の分野が開拓されることになります。

組み写真

1枚写真はブレッソンによって完成されてしまったため、ロバート・フランクやウィリアム・クラインは複数の写真で1つのことを語ったり表現する方向に向かいます。

ロバート・フランクの代表作『The Americans』では、1枚1枚はたいしたことがないように見える写真でも、複数の写真で当時のアメリカを感じられる作品となっています。

ウィリアム・クラインは、荒れやブレ、不安定な画面構成などを意図的に使う作風で、日本の写真家にも大きな影響を与えています。

それとともに、テレビが登場するまでの間、写真はメディアの主役として使われるようになります。

つまり、アートとしての表現とともに、伝えるという役割が大きくなってきます。

カラー

カラーフィルムは1930年代に実用化されたものの、そのクオリティは成熟したモノクロフィルムには到底およびませんでした。

しかし、1970年代になるとカラーフィルムのクオリティがモノクロフィルムに迫るようになり、利用が増えていきます。

ウィリアム・エグルストンは、MoMAで世界初のカラー写真による展示を行い、ニューカラーと呼ばれる流れを作りました。

エグルストンは、日常の何でもないような風景をカラーで撮ります。

現在、スマホで撮ってSNSにアップされているような日常的な写真です。

エグルストンやスティーブン・ショアの作品は、ロバート・フランクの流れを汲んでいて、そのカラー版と言ってもよいかもしれません。

この頃から、テレビの普及によりメディアの主役は写真から動画へと変わっていきます。

アートへの回帰

メディアの主役が写真から動画への移っていったことにより、写真の役割は商業的なものからアートへとバランスを変えていきます。

ベッヒャー夫妻は、代表作となる給水塔の作品でタイポロジーを取り入れた手法を確立します。

給水塔は、なるべく同じ光の条件で陰影を付けず同じ大きさで撮られ、背景は必ず曇りの空です。

このような同じ条件で撮られた作品をグリッド状に展示することで、被写体の共通点や差異が浮かび上がってくる手法です。

グルスキー時代

ベッヒャーの教え子であるアンドレアス・グルスキーは、ベッヒャーの手法を踏襲しつつも精密なデジタル加工を取り入れ、作品をつくっています。

ベッヒャー夫妻は複数の作品をグリッド状に展示していました。

しかし、グルスキーは、そのグリッドの密度を高め1枚の写真の中に様々な要素を閉じ込めることで、巨大な1枚の写真でグリッド的な表現を実現することに成功しています。

その究極が『99セント』で、写真史上3位の価格をつけています。

グルスキーは、密度の高い作品とは逆に、ミニマムを追求した作品も作成しています。

その代表作『ライン川 II 』は、写真史上1位の価格をつけています。

まとめ

こういった写真の歴史を学ぶと、過去の写真も現代の写真もどういった系譜に属していいるのかが分かり、より楽しめるようになります。

『たのしい写真3 ワークショップ篇』をたのしく読めるようになりました。

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