Photo x Programming

写真家プログラマーKのIT効率化術

写真における広さと深さとオリジナリティ

写真作品におけるオリジナリティを「広さ」という軸と「深さ」という軸で考えてみました。

広さ

写真における「広さ」とは、他の人が見たことがないものを撮ること。

秘境の絶景であったり、野生動物であったり、ミクロな世界であったり、変な建物だったり、虹や竜巻や雷などの自然現象だったり。

「広さ」で撮った写真は、見た人に「こんな景色があるんだ」「こんな生き物がいるんだ」といった知る楽しみを与えることができます。

深さ

写真における「深さ」とは、他の人が見たことがあるものやシーンであっても、それを別の視点(コンセプト)で撮ったもの。

普通のシーンを普通に撮っても作品にはなりませんが、普通のシーンに作者の視点を掛け合わせることで作品としたもの。

「深さ」で撮った写真は、見た人に「こんな考え方があるんだ」「こんな発想は思いつかなかった」といった気付きを与えることができます。

広さと深さとオリジナリティ

「広さ」で撮った写真は、その場に行けば(居れば)自分でも撮れる、と思われてしまう可能性があります。

たとえどんなにそこに行くのが大変であったとしても。

たとえ何日もその自然現象を待っていたとしても。

「広さ」で撮った写真は、見た人に知る楽しみを与えることができますが、それはつまり、知ってしまったらもう消費されてしまったということ。

オリジナリティに深みがない。

「深さ」で撮った写真は、思いつけば自分でも撮れる、と思われてしまう可能性があります。

と言いたいところですが、そう思われない。

むしろ、「その考え方は思いつかなかった」「なぜそういう考えに至ったのか?」といった思いを見た人に起こさせます。

この違いはどこから発生するのか?

「広さ」の写真は「(すでに)ある」ものを撮っている。

「深さ」の写真は、(コンセプトが)「作られている」。

作っているのだから、オリジナリティがある。

当たり前の結論になってしまった。。

撮ったプロセスを考える

プロセスを楽しめるのはどちらか?

「広さ」で撮った写真に対してその撮影プロセスを振り返る時は、いかにそこに行くのが大変だったか、どれだけモチーフを探し回ったか、どんだけ待ったか、など、旅行エピソード的なものになります。

「深さ」で撮った写真に対してその撮影プロセスを振り返る時は、思いついたきっかけなど、その思考プロセスを辿ることになります。

旅行エピソード的なものはそこに辿り着けば終わりですが、思考プロセスに終わりや完成はないので、その先についても語ることができる。

そういう意味でも「深さ」で撮った写真のほうが、より楽しめる。

最強なのは、「広くて深い」写真なのは言うまでもありません。

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